この記事のポイント
現実世界の物理法則を理解するAI
ロボット等と統合、物理環境で動作
自律性・安全性・精度を向上
センシング、機械学習、エッジAIが鍵
自動運転やロボット等で活用

監修者プロフィール
坂本 将磨
Microsoft AIパートナー、LinkX Japan代表。東京工業大学大学院で技術経営修士取得、研究領域:自然言語処理、金融工学。NHK放送技術研究所でAI、ブロックチェーン研究に従事。学会発表、国際ジャーナル投稿、経営情報学会全国研究発表大会にて優秀賞受賞。シンガポールでのIT、Web3事業の創業と経営を経て、LinkX Japan株式会社を創業。
AIはこれまで、主にデジタルの世界で活躍してきました。しかし、現実世界で真に役立つためには、物理的な環境を理解し、モノと相互作用できる能力が不可欠です。
その課題に応えるのが「フィジカルAI(物理AI)」です。しかし、その具体的な仕組みや可能性については、まだ十分に知られていません。
本記事では、「フィジカルAI」について、基礎から応用までをわかりやすく解説します。
フィジカルAIの仕組み、必要とされる技術、そして様々な分野での具体的な活用事例まで、幅広く網羅的に説明します。
フィジカルAI(物理AI)とは?
フィジカルAI(物理AI)とは、現実世界の物理法則を理解し、環境や物体と直接相互作用しながら動作するAI技術 を指します。
従来のAIがデジタル空間でのデータ処理や意思決定に特化していたのに対し、フィジカルAIはロボティクス、センシング技術、制御システムと統合され、物理環境での実行を目的としています。
フィジカルAIは、機械学習・強化学習を活用して環境の変化を学習し、自律的に最適な行動を選択できるのが特徴です。
フィジカルAI NVIDIA Omniverse
NVIDIAはこのフィジカルAIを加速するための「NVIDIA Cosmos」を発表しています。
膨大な実世界データを学習し、空間や物理的相互作用を高精度にシミュレートする「World Foundation Models (WFMs)」をオープンライセンスで提供することにより、企業規模を問わず革新的なAIソリューションを手軽に構築できるようになりました。
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フィジカルAIの必要性とAIエージェントの役割
現実世界でAIを活用するためには、単なるデータ処理能力だけでなく、環境に適応しながら物理的に相互作用するスキルが不可欠です。
フィジカルAIの導入により、自律性の向上、安全性の確保、精度の向上といった課題を解決できるほか、これらを支えるAIエージェントの役割も重要になっています。
1. 自律性の向上
フィジカルAIが実現する最大の利点の一つは、環境の変化に応じた自律的な意思決定です。AIエージェントがリアルタイムで周囲の状況を分析し、最適な行動を選択することで、人間の介入を最小限に抑えることができます。
例:
- 自律移動ロボットが、カメラやLiDARで障害物を検知しながら、目的地へ到達。
- 倉庫内のAIエージェントが他のロボットと連携しながら効率的なルートを選択し、無人搬送を実施。
2. 安全性の確保
AIが危険な環境での作業を代行することで、人間のリスクを大幅に軽減できます。AIエージェントは、危険な状況を事前に検知し、事故を防ぐ役割も担います。
例:
- 工場や災害現場の自律型ロボットが、人間が近づけない場所で作業を遂行。
- AI搭載のドローンが、地震や火災の現場で被災者を捜索し、救助チームに情報を提供。
3. 精度の向上
フィジカルAIは、センサーやカメラを活用し、リアルタイムでの状況認識と精密な動作制御を可能にします。AIエージェントがこれらのデータを分析し、適切な行動を選択することで、より精度の高い判断が可能になります。
例:
- 自動運転車が、AIエージェントを通じて周囲の車両や歩行者を認識し、安全な走行ルートを選択。
- 製造業のAIロボットが、高解像度カメラで製品の異常をリアルタイムに検出し、不良品を自動排除。
フィジカルAIの主要技術
フィジカルAIを実現するには、単にAIモデルを開発するだけでなく、物理環境とのインタラクションを可能にする技術の統合が必要です。ここでは、フィジカルAIを支える主要技術について詳しく解説します。
センシング技術(環境認識)
フィジカルAIは、環境を正確に把握する必要があります。そのため、複数のセンサーを組み合わせたマルチモーダルセンシングが重要になります。
代表的なセンシング技術
センサーの種類 | 特徴・用途 |
---|---|
LiDAR(Light Detection and Ranging) | - レーザーを使って距離を測定し、3Dマップを作成 - 自動運転車、ロボットのナビゲーションに利用 |
RGBカメラ(可視光カメラ) | - 画像を取得し、物体認識やシーン解析を行う - 監視カメラ、産業用ロボットに活用 |
深度カメラ(Depth Camera) | - 3D情報を取得し、物体の形状や位置を把握 - AR/VR、リハビリロボット、ドローンの障害物回避 |
IMU(慣性計測装置) | - 加速度・ジャイロセンサーを組み合わせ、動きや傾きを測定 - ドローン、歩行支援ロボット、ウェアラブルデバイス |
超音波センサー | - 音波の反射を利用して距離を測定 - 自律移動ロボット、医療機器 |
温度・圧力センサー | - 環境の温度・圧力変化を検知 - 製造業(設備異常検知)、医療(生体データ測定) |
フィジカルAIでは、単一のセンサーではなく、複数のセンサーを組み合わせて使用するのが一般的です。
- 例: 自動運転
- LiDAR(障害物検知) + RGBカメラ(信号認識) + IMU(走行安定性測定)を統合し、安全な運転を実現。
機械学習・強化学習(動作最適化)
物理環境に適応しながら動作するために、フィジカルAIは機械学習(ML)や強化学習(RL) を活用します。
代表的な学習技術
技術 | 特徴・用途 |
---|---|
教師あり学習(Supervised Learning) | - 正解データを使って学習し、分類や回帰問題に適用 - 画像認識、物体検出(例: AI搭載カメラ) |
教師なし学習(Unsupervised Learning) | - ラベルなしデータを解析し、パターンを抽出 - 異常検知(例: 工場の設備診断) |
強化学習(Reinforcement Learning) | - 試行錯誤を繰り返し、報酬を最大化する行動を学習 - 自律ロボット、倉庫の無人搬送車(AGV) |
模倣学習(Imitation Learning) | - 人間の動作を模倣して学習 - 手術支援ロボット、ドローン操縦AI |
詳しく知りたい方は以下の記事をご覧ください。
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ロボティクス(物理的な動作制御)
フィジカルAIは、環境を認識するだけでなく、実際に動作を実行するためのロボティクス技術が不可欠です。
ロボティクスの要素
技術 | 役割・特徴 |
---|---|
アクチュエータ(Actuator) | - モーターや油圧システムを使い、ロボットの関節や腕を動かす |
エンドエフェクタ(End Effector) | - ロボットの手や爪に相当する部分(例: 産業ロボットのグリッパー) |
モーションプランニング(Motion Planning) | - 経路計画や衝突回避を計算し、スムーズな動作を実現 |
エッジAI(リアルタイム処理)
クラウドに依存せず、デバイス上でAIを実行するエッジAIは、フィジカルAIにとって非常に重要です。
エッジAIの利点
- リアルタイム処理:クラウド通信を介さず、即時応答が可能
- 通信コスト削減:ネットワーク帯域を消費せず、効率的に処理
- セキュリティ強化:データをローカルで処理し、プライバシーを保護
代表的なエッジAIデバイス
デバイス | 特徴・用途 |
---|---|
NVIDIA Jetson | - 小型GPU搭載、ドローン・ロボット向け |
Intel Movidius | - 低消費電力AIアクセラレーション |
Raspberry Pi + Coral Edge TPU | - 小型エッジAIシステム |
エッジAIの登場は、AIとIoTの融合による新たな可能性を示唆しています。
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シミュレーション技術(仮想環境での学習)
フィジカルAIの学習には、大量のデータが必要ですが、現実環境での実験には時間やコストがかかるため、シミュレーション技術が活用されます。
代表的なシミュレーター
シミュレーター | 特徴・用途 |
---|---|
NVIDIA Cosmos | - フィジカルAI開発を加速するための統合プラットフォーム |
NVIDIA Isaac Sim | - ロボット向けの高精度シミュレーター |
Gazebo | - ROSと連携し、自律ロボット開発に最適 |
PyBullet | - 物理シミュレーションを用いた強化学習 |
NVIDIA Cosmosとは
NVIDIAはCES 2025で 「NVIDIA Cosmos」 を正式発表し、物理AI(Physical AI)の開発を加速させる新プラットフォームとして注目を集めています。
「Cosmos World Foundation Models(WFMs)」は、9,000兆トークンと2,000万時間の動画データを学習し、物理的・空間的相互作用を高精度に予測・生成します。
これらのモデルは 「NVIDIA Open Model License」 のもと公開され、商用利用やカスタマイズが容易になり、個人や小規模ベンチャーでも活用可能です。
ロボットや自動運転などリアル世界のデータ活用ニーズが高まる中、Omniverseとの連携による大規模シミュレーションや合成データ生成も可能になっています。
フィジカルAIの応用事例
フィジカルAIはすでに多く報告されています。
以下に抜粋してご紹介いたします。
敏捷性の高い人型ロボット
カーネギーメロン大学の研究者がNvidiaと共同で行った人型ロボットの敏捷性のAIフレームワークを開発している。https://t.co/2s6FsO644U pic.twitter.com/rEhs3iBltm
— Tetsuro Miyatake (@tmiyatake1) February 5, 2025
参照:ASAP: Aligning Simulation and Real-World Physics
for Learning Agile Humanoid Whole-Body Skills
テスラの自動運転
道路上の障害物を最小限の動きで避けるテスラの完全自動運転 FSD V13。
— EVsmart (@evsmartnet) January 30, 2025
今はまだドライバーによる監視が必要とされていますが、ほとんどのシチュエーションにおいて人間のドライバー以上に安全な運転をしてくれます。 pic.twitter.com/QmhnugZxA3
日本における国内初の中型バスによるレベル4自動運転での営業運行
2/3より、国内初の中型バスによるレベル4自動運転での営業運行を開始しました。これに先立ち自動運転バスの出発式を開催し、日立市民の方々による試乗会も行いました。この自動運転バスが、地域に根付いた新たなモビリティサービスのモデルとなることを目指していきます。https://t.co/XA2XDGVyXZ https://t.co/cWZgMpXkIq pic.twitter.com/4392P91Sqw
— 経済産業省 (@meti_NIPPON) February 4, 2025
社内掃除ロボット
車庫に戻ってきた自動運転電気自動車の車内を掃除するロボットhttps://t.co/G7rPSKS3YN#AutonomousVacuumRobot #RoboticCleaner #VacuumCleaner #cybercab #Tesla pic.twitter.com/gZa8ghD9j0
— T.Yamazaki (@ZappyZappy7) February 2, 2025
みてるだけで非常にワクワクしますね。
フィジカルAIとAzure活用
AzureのAI・クラウドサービスを活用することで、フィジカルAIの開発・運用をより効率的に進めることが可能です。
特に、Azure Machine Learning やAzure AI servicesを活用すれば、フィジカルAIモデルのトレーニングやチューニングをクラウド環境で柔軟に実行でき、Azure Digital Twinsを使うことで、リアル世界のシミュレーションや最適化が可能になります。
また、Azure IoTを利用すれば、センサーからのデータをリアルタイムで収集・分析し、AIによる自律的な判断を強化できるでしょう。
Azureの強力なクラウドインフラとAIサービスを活用することで、フィジカルAIはより高度な自律性と適応性を獲得し、企業のDX(デジタルトランスフォーメーション)や自動化の推進に貢献します。
AI総合研究所では Azureでの開発、IoT活用を支援しています。お気軽にご相談ください。
まとめ
フィジカルAIは、物理法則を理解し、現実世界での課題を解決する次世代のAI技術です。NVIDIA Cosmosをはじめとするプラットフォームがその進化を支え、ロボティクスや自律走行車、スマートシティの開発を加速させています。
今後、物理AIは産業界や社会に大きな変革をもたらすと期待されます。この新たな技術を活用することで、未来の標準技術に備え、現実世界の課題解決を目指しましょう。
AI総合研究所では Azureでの開発、IoT活用を支援しています。お気軽にご相談ください。